東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)4号 判決 1978年9月13日
原告 小山壽男
被告 千葉県選挙管理委員会
主文
原告の請求を棄却する。
ただし、昭和五一年一二月五日に行われた衆議院議員選挙の千葉県第四区における選挙は、違法である。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
一 原告は、「昭和五一年一二月五日に行われた衆議院議員選挙の千葉県第四区における選挙を無効とする。」との判決を求め、その請求の原因として別紙(一)、請求原因の補充、被告の主張に対する反論として別紙(二)[のとおり述べ、立証として<証拠省略>を提出し、<証拠省略>の成立を認めた。
二 被告は、本案前の申立として、訴却下の判決を、本案に対する答弁として、請求棄却の判決を求め、本案前の申立の理由として別紙(三)、請求原因に対する認否及び主張として別紙(四)、(五)のとおり述べ、立証として<証拠省略>を提出し、<証拠省略>の成立を認めた。
理由
一 本件訴の適法性についての判断
原告が、昭和五一年一二月五日に行われた衆議院議員選挙の千葉県第四区における選挙人であつたことは当事者間に争いがない。
原告は、右の本件選挙における各選挙区間の議員一人当りの有権者分布差比率が、最大三・五〇対一に及んでおり、これは明らかに、なんらの合理的理由に基づかないで、住所(選挙区)のいかんにより一部の国民を不平等に取り扱つたものであるから、憲法第一四条第一項に違反するとして、本訴を公職選挙法(以下「公選法」という。)第二〇四条に基づく選挙無効訴訟として提起しているものであるところ、本訴が同条所定の三〇日以内である昭和五二年一月四日に当裁判所に提起されたものであることは本件記録上明らかである。
ところで、被告は、本件のような訴は、1司法審査の対象とならず、2公選法第二〇四条の訴の要件に適合しない不適法なものである、と主張するので、被告の右各主張について順次判断する。
1 本件訴が司法審査の対象とならないとの主張について
被告の右主張の要旨は、(一)議員定数の配分をいかにするかの問題は、国会の立法政策的判断が裁判所の判断に優先すべき事項であり、(二)裁判所は、このような判断のための基準を持ち合わさず、(三)裁判所が選挙無効の判決をしても、国会が直ちに定数を改正することは事実上不可能であり、かえつて全選挙区について代表を失わしめるという不都合な結果を生ずる、というに帰する。
しかし、
(一) 当該事項の固有の性質上裁判所において判断することを不適当とする場合すなわち裁判所法第三条第一項にいう法律上の争訟にあたらない場合、あるいは当該事項について憲法上明文をもつて立法府又は行政府に専権的に判断を委ねている場合には、右事項は裁判所の審判の対象とならないものであることはいうまでもないところ、議員定数配分等の選挙に関する事項がそのいずれにもあたらないことは明らかというべきである。右事項は、憲法第四三条第二項、第四七条によつて法律で定める、とされており、そのかぎりにおいて国会の広汎な自由裁量に基づく立法政策的判断が先行することは否定すべくもないことではあるけれども、憲法の右規定が議員定数配分を含めて選挙に関する事項を法律の定めるところに委ねた趣旨は、右事項が状況の変動に応じて技術的細目にわたる改正を必要とする性質のものであるため、憲法自体において規定することを不適当とし、一方事項の重大性に鑑み、命令に委ねることも相当でないことによるものと解されるから、議員定数の配分を定めた法律が憲法に抵触するような場合においては、それが法律によつて定められたとの一事をもつて憲法に優先するということは、もとよりできず、憲法に基づく裁判所による判断、規制は毫も妨げないものというべきである。
(二) 裁判所が右の判断をするにあたり、判断の基準を持ち合わせていない、といい得ないことは、本案についての判断において後述するとおりである。
(三) 裁判所が選挙無効の判決をしても、国会が直ちに定数を改正することは不可能であるとの理由をもつて定数配分の問題が司法審査の対象とならないとする主張は、その主張のかぎりにおいては本末転倒の議論といわざるを得ない。また選挙無効の判決をすることによつて全選挙区について代表を失わしめる結果となるとの主張も理論上肯認できないわけのものではないけれども選挙の無効を宣言することによつて生ずる右結果の不都合は、本案についての判断において後述するとおり、具体的事情により選挙の無効を宣言せずに、その違法を宣言するに止めることによつて避けることができるものである。
2 本件訴が公選法第二〇四条の訴の要件に適合しないとの主張について
選挙人が、議員定数配分の不均衡の故に憲法上保障されている選挙権の平等に反すると主張して裁判による救済を求めている場合に、右のような訴は本来公選法第二〇四条の訴の要件に適合しないとして、その救済を拒否することは、そもそも公選法第二〇四条が選挙の執行、管理上の瑕疵についてすら救済を認め、公正な選挙の実現を図つていることと権衡を失し、法の趣旨から乖離するばかりか、他に救済の方途もない以上、憲法上保障されている基本的人権を害する結果となるものであり、従つてこのような結果の生ずることを避けるために、議員定数配分規定の違憲を原因とする公選法第二〇四条の訴を認めることは、むしろ憲法の要請にそう所以というべきであつて、民衆訴訟である同条の訴についての不当な拡張解釈にはあたらないものと解すべきである。
以上判示したところを要約再言すると、被告の本案前の申立の理由とするところは、根本的には、議員定数配分の問題は、代表民主制を採用している国会の自主的運営による決定にのみ専ら委ねられていることであり、裁判所はこのような問題について判断をする基準を持ち合わせていないから、判断を自制すべきであるとの見解に依拠しているものと解されるのである。しかし司法的判断のための基準が欠如しているといえないことは後述のとおりであるし、しかも選挙権平等の原則は、まさに代表民主制を支える根幹そのものであるから、これが国会の立法によつて侵されているという場合には、代表民主制が十全に機能していないというべき筋合である。そうとすれば、議員定数の定めが選挙権の平等に反するとして裁判による救済が求められている場合に、代表民主制の法理を根拠として裁判による救済を拒否することは、背理というほかなく、被告の本案前の申立は、根拠を欠くものであり、排斥を免れないものといわなければならない。
二 本案についての判断
1 憲法第一四条第一項、第一五条第一項、第三項、第四四条の規定は、少くとも選挙人資格の差別の禁止あるいは一人一票の原則(選挙権行使の平等または計算価値の平等)を意味するものであることはいうまでもないところであるけれども、憲法の右各規定が選挙権平等の理念の歴史的発展過程の中における一の所産であつて、憲法前文が代表民主制を人類普遍の原則として謳つていることに徴しても、右理念は代表民主制を支える根幹としてさらに徹底して発展させ追求されるべきものであり、そうとすれば、選挙人の資格による差別が許されないとともに、住所(選挙区)による差別も許されないものと解すべきであるから、憲法の前記各規定は、単に前述のように選挙権の行使の平等を保障するに止まらず、選挙権の内容の平等すなわち各選挙人の投票が選挙の結果に及ぼす影響力においても平等であること(投票価値あるいは結果価値の平等)をも保障する趣旨を包含するものと解するのが相当である。
従つて、本件選挙が、各選挙区間の議員定数配分の不均衡を理由に違憲となるか否かについて判断するにあたつては、昭和五〇年法律第六三号による改正後の公選法別表第一及び同法附則第七項ないし九項による選挙区及び議員定数の定め(以下「本件議員定数配分規定」という。)に従つて実施された本件選挙における各選挙区の選挙人の有した投票価値が、前述した憲法の要請に合致する平等なものであつたか否かについての検討を必要とするものというべきである。
しかるところ、被告は、選挙制度の決定については国会に幅広い裁量権があるから、国会がその裁量にあたり、選挙権の平等に関し、他の政策目的等との関連において調和を図っている限り、各選挙区別議員定数と人口との間に不均衡が存在しているとしても、右不均衡は国会の裁量権の範囲内に属するものであつて違憲ということはできないものであるところ、本件選挙は、昭和五〇年法律第六三号によつて右裁量権の範囲内で改正された本件議員定数配分規定に従つて実施されたものであるから、定数の不均衡に違憲性はない、と主張する。
しかし、選挙制度の決定について国会に広汎な裁量権が存することは前述のとおりであり、また各選挙区の議員定数をいかにするかを決定するに際しては、議員定数が、代表民主制の理念たる民意の効果的反映という目的達成のための手段としての意義を有する関係上、多種多様の政策的、技術的要因についての配慮を必要とするものであることも否定できないものとしても、このようにして決定された議員定数の定めが、投票価値の平等に反するに至つたと考えられる場合には、そこに国会の裁量権の範囲を超え、憲法に違反するものではないかとの疑を生ずるのであり、本件訴は、まさに右の裁量権の範囲を超えるものとしてその根拠を具体的に示して提起されているものであるから、これに対して、裁量の具体的内容を示すことなくして単に合理的裁量による法律に基づく議員定数の定めに従つて実施された選挙であるから違憲をいう余地がないと主張することは、無意味、無内容であつて、失当というほかはない。
被告は、また、選挙権の平等は、選挙権の行使の平等をもつて足りるものであり、結果価値の平等までも保障されるべきであるとすることは、これを理論的に徹底すれば、完全拘束式比例代表制度に到達せざるを得ず、しかも投票価値の較差は、棄権者を除いた投票者の数で判断しなければ正確とはいえない、と主張する。
しかし、前述した投票価値の平等は、あくまでも現行の中選挙区単記投票制の下において、しかも投票以前のことを制度として問題にしているにすぎないのであるから、被告の右の論難は当らないものというべきである。
2 そこで、本件選挙が、投票価値の平等を害するものであるか否かについて検討する。
本件選挙は、前述のとおり昭和五〇年法律第六三号により改正された本件議員定数配分規定に従つて実施されたものであるが、右規定による各選挙区についての議員定数の定め及び<証拠省略>によると、本件選挙当時の各選挙区間の議員一人当りの有権者分布差比率は、最大三・五〇対一(兵庫五区と千葉四区との比率)に及んでいたものであることが認められる。
ところで、憲法の要請する投票価値の平等は、これを数字的な絶対的な平等と解すれば、議員定数の配分にあたり較差を「限りなく一対一に近づける」ことではあろうけれども、このことは端数処理等の技術的原因による困難を伴うとともに、現行制度上必ずしも実現の容易なものであるとも考えられない。すなわち「限りなく一対一に近づける」という人口比例の原則を厳格に実現しようとするためには、人口数の増減に比例する議員定数の増減という方法のみによつては処理し切れず、同時に選挙区割の変更(分区、統合)ということを頻繁に考慮せざるを得なくなることは必至というべきである(現に昭和五〇年法律第六三号による改正に際し、分区されたことは後記のとおりである。)が、しかし、このように選挙区割を頻繁に変更するということは、事実上実行困難であるばかりではなく、決して望ましいことでもない。すなわち、憲法第四七条は、選挙区はこれを法律で定める旨規定しているのであるが、右規定は、選挙区割をできるかぎり歴史的、自然的、境界に一致させて、恣意的あるいは不自然な区分を制限しようとすることに由来するものであるところ、選挙区割を頻繁に変更するということは、歴史的、自然的境界以外の要因によつて不自然な区分をし、選挙区法定主義の前記立法目的に背馳する結果を招来する危険を内包しているものである。また、選挙区を多数に分けることは必ずしも理論上の要請ではないけれども、便宜上にせよ、現実に多数に分けられている以上は、選出議員がある程度当該選挙区の利益代表的性格を有することも否定できないのであり、そうとすれば、選挙区が有権者と候補者(選出議員)とを結びつける一つの紐帯としての役割を果たしている現実も、あながち不当として無視してしまうことはでき難いものというべきであるが、選挙区割を頻繁に変更することは、この紐帯を弱める結果ともなるのである。
これを要するに、議員定数を配分するにあたり、人口比例の原則を厳格に実現することは困難であつて、むしろ、前述のような選挙区割の頻繁な変更を避け、原則として行政区画に従つて選挙区割を定め中選挙区制を採用してきた我国の選挙制度を是認し、維持しようとするかぎりは、議員定数の配分を定めるにつき、民意の効果的反映を図るため、地域の特殊性(面積、住民構成、人口密度等)を考慮することも、制度上不可避のものとして同時に是認せられるべきものといわなければならない。
しかるところ、議員定数配分規定の定めを改正するにあたり、地域の特殊性をどのように考慮し、斟酌するかは、まさに国会の合理的裁量の範囲に属するものというべきであるから、そのために不可避的に生じた人口数に比例しない較差は、投票価値の平等の要請に反する違法のものではないというべきである。
しかしながら、投票価値の平等の要請は、前述したように各選挙人の投票が選挙の結果に及ぼす影響力の平等を意味するものであることからすれば、投票価値の平等の実現のために何よりも先に考慮されるべき要素は人口比率でなければならず、較差は、前述のように地域性等に基づく合理的範囲内において許容されるに過ぎないものであるから、これらを斟酌してもなお一般に是認されない程度の較差が生じている場合には、他にこれを正当化すべき特段の事情が示されない限り、憲法違反となるものといわざるを得ない。
本件議員定数配分規定は、前述のように昭和五〇年の改正にかかるものであるが、<証拠省略>によると、右の改正の経過は、被告の主張するとおりであつて、要するに、定数を二〇名増員し、選挙区別定数の不均衡を是正するが、減員せず、過小代表区にこれを振りあて、六人以上となる選挙区については、人口数、自然条件等を勘案し、従来の選挙区域を尊重し、分区する、というものであり、その結果、各選挙区間の議員一人あたりの人口差比率は、最大二・九二対一となつたというものである。
しかしながら、本件選挙当時においては、各選挙区間の議員一人あたりの有権者分布差比率は、前述のとおり最大三・五〇対一に及んでいたのであり、右のような較差は、前述の非人口的要素を掛酌してもそれ自体一般に是認できない程度のものというべきであるところ、前記認定の改正の経過のごとき事情は、このような較差が生じたことを正当化し得る特段の事由にはあたらないというべきであり、他に右事由について被告はなんら主張、立証もしないから、本件議員定数配分規定の下における本件選挙当時の前記較差は投票価値の平等に反する程度に達していたものといわなければならない。
3 ところで、被告は、昭和四五年度の国勢調査の結果に基づく改正として本件議員定数配分規定が制定された後昭和五〇年度の国勢調査がなされたが、その結果のすべてが公表されたのは昭和五一年四月一五日であつたから、同年一二月予定されていた任期満了に伴う本件選挙の公示までの期間は七ヶ月であり、その間に右規定を改正することは不可能であつたと主張する。
よつて考えるに、昭和五〇年法律第六三号によつて定められた議員定数につき、同法と同様の方法すなわち過小代表区についてのみ定数増、分区という方法によつて同法の手直し程度の再改正をするので足りるのであれば、昭和五〇年の国勢調査の結果の公表後遅滞なく改正作業に着手した場合には、本件選挙までの間に再改正をなし得た相当期間が存したものということが、あるいはいい得るかもしれない。
しかし、翻つて考えてみると、このような是正の方法は、後に述べるように、公選法の定数更正規定の本来の趣旨にそわないものと考えられるばかりでなく、較差の解消に必ずしも十分に効果的であるともいえず、少くとも、同時に過大代表区について定数減をすることが期待されて然るべきであり、しかも許容し得る一定の較差を基準として、増減を要する選挙区が多数となるような場合には、総定数を一定限度で固定して全選挙区を通じて新たな定数配分をするという抜本的解決を図ることも必要とされるであろう。そうでなければ際限のない定数増を来たし、いずれ限界に達することが考えられるのである。これを要するに、再改正をするについては、昭和五〇年法律第六三号によつて是正された定数の手直し程度でよいということはいい得ないのであつて、そうとすれば、結局、昭和五〇年の国勢調査の公表後、本件選挙までの間に制度の趣旨にそつた再改正をなし得る相当期間が存したと断定することには疑問があるというべきである。
また、仮に本件選挙までの間に右の再改正をなし得たとしても、一般に議員定数を変更する法の施行と、それに基づく次期選挙までの間には、関係者にとつて侯補者の確定等の対応策を講ずるための相当期間を必要とするものであり、右の期間を欠く選挙実施直前の議員定数の変更は、徒らな混乱を招来し、延いては効果的な代表選出を阻害するおそれ無しとしないものというべきところ、本件において再改正を要求するとすれば、右のことはそのまま妥当するものといわざるを得ない。
結局、昭和五〇年の国勢調査の結果公表後、本件選挙までの間に、昭和五〇年法律第六三号による議員定数を、右国勢調査の結果により再改正し得るためには、これに必要とする相当期間が存したものとは断じ難いものというべきである。
以上、いずれにしても、昭和五〇年法律第六三号による議員定数を昭和五〇年の国勢調査の結果によつて再改正せずに本件選挙を実施したとの一事をもつては、本件選挙を違憲であると断ずることはでき難いものといわなければならない。
4 しかし、それにも拘らず、本件選挙が、憲法の要請する投票価値の平等に反する三・五〇対一という較差の下に実施されたものであつて、憲法上、本来容認されるべきものでないことには変りはないのである。
そこで、遡つて考察すると、右のような結果の生ずることは、既に昭和五〇年法律第六三号による定数の更正過程のうちに胚胎していたものと考えざるを得ない。すなわち、既に述べたように、右改正法は、昭和四五年の国勢調査の結果により過小代表区につき二〇名の定数増、分区という方法によつて従前存した較差の縮少を図つたのであるが、このような方法は理論上較差の縮少に不十分であるのみならず、右国勢調査の結果によつても二・九二対一という較差を残存せしめるに至つたものである。しかも、右国勢調査後の人口異動を考慮に容れると、現実の較差は、それのみに止まらず、改正当時においてすら三対一を越え、本件選挙時にはさらに増大するであろうことを右改正当時において既に予測し得たものといわざるを得ず、右改正法の立法にあたつては、これらの事情を配慮して、より較差の縮少を図るべく相応の措置を講ずべきであつたというべく、その方法は前述したとおり存するのであつて、これを求めても決して不可能を強いることとはならないものと考えられる。しかるに、右のような措置は講じられず、前記較差の縮小は実現されなかつたのであるが、これについて合理的理由ないし是認すべき事情は認められない。そしてその結果、同法の下における本件選挙につき、己むを得ない事態ともいうことのできない憲法違反の状態を現出せしめた以上は、同法における議員定数の更正は、その内容が憲法の要請する国民の投票価値の平等を害し、従つて違法、違憲なものと断ずるよりほかないものというべきである。
しかして、制定当初から違憲であつた同法の下における本件選挙は、同法につき本件選挙までの間に、改正をなし得る相当期間が存したか否かに関りなく、違憲であるといわなければならないものであることはいうまでもない。
被告は、本件議員定数配分規定の下における本件選挙は違憲ではないと主張するけれども、その根拠として述べるところは、以上の説示と相反するものであつて、採用のかぎりではない。
5 そして、議員定数の配分は、性質上、議員,総定数と関連させながら、全選挙区を全体的に考察して、民意の反映が平等に図られるかという観点から決定されるべきものであり、公選法の規定上も同法別表第一の末尾の前記定数更正規定の本来の趣旨は議員総定数を変動させずに、各選挙区の有権者数に比例させて各選挙区の議員定数を増減することによる全体的更正を意図したもので、過小代表となつた当該選挙区のみを切離して更正し、他の選挙区の定数をそのまま維持する趣旨のものであつたとは解せられない。
そうとすると、議員定数配分規定を違憲であるとする場合に、訴求している選挙区毎に平均値からの較差の程度を問題にし、過小代表区のみについて、その限度で違憲であるとするのは相当ではなく、各選挙区間における議員一人あたりの有権者数の分布比率の最大と最小との較差の程度いかんによつて、その全体が一体不可分のものとして違憲となるものと解するのが相当であるから、本件議員定数配分規定も全体として違憲であるというべきである。
6 ところで、本件議員定数配分規定が全体として違憲となるものとすれば、右規定の下において実施された本件選挙も当然無効となる理と考えられるけれども、これを肯定すると、本件選挙によつて選出された議員によつて議決された法律がすべて当初から無効となり、あるいは今後の議員定数配分規定の改正すら不可能となるという事態が生じ、さらに公選法二〇四条によつて本件選挙が将来に向つてのみ失効するものとしても、議員定数の多数を欠く(ちなみに、当裁判所に係属している本件選挙に関する一〇件の選挙無効請求訴訟の議員定数の合計は三七名に達する。)状態において国政を運営してゆくという憲法の所期しない結果を生ずることとなる。
しかも、この結果は、定数の是正を目的として出訴した当該選挙区の有権者について特に顕著に生ずることとなる。すなわち、右の有権者は、当該選挙区に関する選挙が無効とされる結果、その選出議員を欠く状態の下において国政が運営され、もとより、議員定数の是正の問題についても参与し得る選出議員が存在しないというおよそ出訴の目的と矛盾する結果を生ずることとなる。しかも、議員定数配分規定の定めを改正するにあたり、前記改正に際して行われたように過小代表区における定数増という方法のみによつて常に処理することは理論上の欠陥と実際上の限界を伴うものであり、同時に過大代表区における定数減をし、あるいは総定数を不動のものとして全選挙区についての定数配分の全面改正を図るということがより投票価値の平等の要請に合致する所以であるというべきところ、過小代表区について選挙無効の判決がなされた場合には、当該選挙区のみについて、右のような改正後の新規定の定めに従つて再選挙が行われることとなるわけであるが、かくては、全選挙区を通じてみると、新、旧両規定に基づく議員定数が混在することとなり、その間に真に投票価値の平等が全体として図り得ることになるのか必ずしも保し難いものがあるといわざるを得ない。
以上のように、選挙無効の判決をすることには、かえつて憲法の要請する投票価値の平等の要請にそわない弊害があるとともに、必ずしも実効性を伴わない欠陥があるというべきなので、本件訴訟については、選挙が違憲であるとの理由をもつて直ちにその無効を宣言することなく、行政事件訴訟法第三一条第一項前段の法理により、原告の請求を棄却するとともに同項後段により本件選挙が違法であるとの宣言をするのが相当というべきである。公選法第二一九条の規定もかかる事件について行政事件訴訟法の右条項の法理によることまでをも排斥する趣旨のものではないと解する。
三 よつて、原告の本訴請求を棄却し、本件選挙が違法であることを宣言することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 安岡満彦 内藤正久 堂薗守正)
別紙(一)ないし(五)<省略>